福間病院 福間病院精神科
専門研修プログラム

医療法人恵愛会福間病院

臨床研修センターだより

精神病理学は精神科医の骨格

先日、5年目の柴田先生が後輩の先生達に精神病理学の本を紹介してくれました。「症例でわかる精神病理学」(松本卓也著・誠信書房)。僕も知らない本だったのですがAmazonで調べてみると、統合失調症、うつ病、双極性障害、神経症から自閉症まで、代表的な精神疾患の病理学を1冊にまとめた入門書のようです。精神病理学のプロの先生が初学者のために書き下ろしたもので、面白そうでした。早速、医局の共通図書費で1冊購入することにしました。
近年DSM、ICDなどの操作的診断基準や、精神科薬理学に押され気味ですが、「精神病理学」はやはり、精神科医の専門性を支える「骨格」だと思います。患者さんのナラティブな訴えを、精神医学の専門家として、構造的にどう捉えなおすのか?過去の偉大な先人たちが、様々な視点から診断体系を作り上げてきました。「この人の訴える憂うつは内因性の抑うつ気分を呈しているのか?」「頭の中に声が聴こえると言った場合に、それは統合失調症の幻聴なのか?PTSDのフラッシュバックなのか?はたまた解離性障がいの別人格の言葉なのか?」等、日ごろの臨床で浮かぶ疑問の答えは精神病理学の中にあります。音楽家が楽典理論に、システムエンジニアがプログラミング言語に、外科医が解剖学的知識に精通していなければ務まらないように、精神科医の専門性を支える骨格は精神病理学の中にあります。その専門性があってこそ、支持、共感、傾聴などの基本的な姿勢が活きてきます。僕も若い頃から精神病理学の良書にずいぶんと助けられました。ある程度臨床経験を積んだ上で理論に触れると、ハッと目を開かされることがあります。著者が直接自分に語り掛けてきてくれるように感じることもありました。
若手の先生たちには、是非担当した患者さんを一例一例丁寧に診ていって欲しいですし、そのために必要な基礎知識をコツコツと学んでいって欲しいと思います。座学と実学の絡み合いで、臨床家は成長していくんだと思います。

福間病院 臨床研修センター長
鈴木 宗幸

来年度の専攻医を募集しています!

在、来年度4月から当院で専攻医として研修を開始する先生を募集中です。
当院には福岡市~新宮、古賀、宗像遠賀地区から日々たくさんの精神科救急症例が集まってきており、現在6名の専攻医の先生たちが、上級医、アドバイザーの指導のもと、入院・外来主治医としてon the job trainingに励んでいます。
来年度は連携病院にローテートで出向する先生もおり、臨床にやる気のある新人の先生をあと1~2名募集しています。
症例の経験、勉強の機会には事欠かない環境ですので、ご興味のある先生は是非このホームページの「病院見学・お問い合わせ」の欄から申し込んで、見学にいらしてください。
日本専門医機構における専攻医の各専門研修プログラムへの募集期間は例年、10月から11月中旬頃までになる予定です。

福間病院 臨床研修センター長
鈴木 宗幸

学会は精神科医にとって「フェス」のようなもの

日本精神神経学会が福岡で開かれているので参加してきました。精神科界隈で一番大きな学会だけあって、同時並行でA~Q会場まで17箇所でプログラムが進行していて、いや多すぎやろっていう感じなのですが、普段の診療から離れて自分の興味の赴くままに面白そうなシンポジウムを聴講してまわるのは結構楽しいものです。職場で留守番の先生方には申し訳なかったですが、福間病院はお医者さんの数が多いので、学会出張の休みは取り易くて良いです。
自分は主にトラウマ関連のシンポジウムに参加してきました。トラウマはEMDRとかトラウマ焦点化治療とか特殊な技術が必要で、敷居が高いって印象を持っていたのですが、トラウマを直接扱わない技法とか、分かりやすいリーフレットを用いた心理教育とかあって、日常診療でももっと気軽に取り扱うことが出来るんだなと分かって気持ちが楽になりました。久留米大学の大江美佐里先生がシンポジウムやワークショップを主催して、一般臨床医へのトラウマ診療の啓蒙活動を積極的になされているようでした。大学の准教授の先生で色々なお仕事を抱えて忙しい中、このようなすごく意味のある活動をされていて本当に凄いなと思います。ワークショップの後で勉強になりましたと名刺渡してご挨拶させてもらって、あとで著書を買いました。学会って、新たに興味を持って勉強しようと思える分野が増えるので良いきっかけになります。
学会会場をウロウロして、知り合いの先生にばったり会って「ご無沙汰です」って挨拶したり、書籍コーナーをのぞき込んでみたり、普段名前しかしらない高名な先生の講演をクーラーの良く効いた大会場でライブで聞いたりして雰囲気を楽しみました。言ってみれば、学会は精神科医にとっての「フェス」みたいなものなんだろうと。
 普段、職場でいつもの診療をやっているだけだと、どうしても視野は狭窄の方向に傾くのですが、学会への参加は視野を広げるのにもってこいです。広い会場を何千人の参加者がゾロゾロ、ウロウロ、ワイワイしていて、この人たち全員精神科医なんだな~と思うと、あらためてなんか凄いなと思います。で、その先生たちが思い思いのシンポジウムを聴講していて、自分もその中の一人ってことで、広い精神医療業界に身を置いて、自分の立ち位置を模索していることがリアルに体感出来て、やっぱり現地参加っていいなと思いました。聞き逃してしまった気になるシンポジウムは、あとからオンデマンドで聴講しようと思います。つくづく便利な時代になりました。

福間病院 臨床研修センター長
鈴木 宗幸

大隈先生の摂食障害講義

ちょっと前の話になりますが副院長の大隈和喜先生が、若手医師向けに摂食障害の講義をしてくれました。大隈先生は心療内科医として長年、摂食障害の診療に携わってこられました。摂食障害、中でもその中核群である神経性食欲不振症は、精神疾患の中でも特に治療の難しい大変な病気です。僕も若い頃、精神力動的なアプローチからの治療の本などを読んで、それはそれで面白かったのですが、よっぽど患者さんと(精神的に)取っ組み合いのような治療者患者関係になって、山あり谷ありの道筋を辿らなければ治っていかないんだろうと感じていました。そのまんま、摂食障害の治療にしっかり携わる機会は無くこの年になるまで仕事してきたわけですが、大隈先生の講義を聞いて、色々「そうだったのか」と目からウロコが落ちる思いがしました。
大隈先生が、先生のお師匠さんの深町建先生から学んだ理論によると、典型的な神経性食欲不振症の経過は「発端→やせの蜜月期→蜜月期の破綻→過食衝動の出現、悪い自分(人格の分裂)の出現」という決まったパターンを辿るようです。それぞれの経過の出現にはすべて生理学的な理由があり、例えば「やせの蜜月期」は飢えかけた動物が残りのエネルギーで効率良く食べ物を見つけようと集中力のスイッチを入れている状態にあたるそうです。あたかも人格が分裂したようになって「悪い自分」が出現し、行動をコントロールしてしまう心理状態は、摂食障害の患者さんでは高頻度に体験されることのようです。また、病気を「悪い自分」と見立てて外在化して立ち向かう手法は、治療者、患者ともに取り組みやすい枠組みだと思われます。患者さんとご家族へ、病気の正しい知識と明確な治療法を提示した上で、しっかりとした枠組みの中で治療を行っていくスタイルは、無意識の転移・逆転移を取り扱う力動的アプローチと違ってクリアカットで分かりやすく、若手医師にも取り組みやすいものだと思いますし、近年は精神科でもトラウマ・インフォームド・ケア等の心理教育的手法が発達してきて、こちらの治療スタイルに寄ってきているのではないかと感じます。詳しい理論を知りたい場合は、古書ですが深町先生の著作を読むと良いようです(「摂食異常症の治療」「続・摂食異常症の治療」深町建,金剛出版)。
「理論を理解した上で新患の陪席についてもらったら、何をやっているのかよくわかるから」と若手向けに行っていただいた講義で、僕が先生の講義を聞くのは2回目ですが、あらためて勉強になりました。すでに先生の診療の陪席についている若手もいるようです。大隈先生、これからもよろしくお願いします!

福間病院 臨床研修センター長
鈴木 宗幸

指定医取得!

当院で専攻医を卒業した2名の先生がこのたび、無事に精神保健指定医の資格を取得しました!新専門医制度が始まった最初の年、2018年度に入職して3年間の専門医研修を終えた後、4年目で院内での責任も増えて忙しい中、指定医取得に向けて講習会、レポート作成、口頭試問を着々とクリアし、晴れて精神科5年目の初頭に指定医になることが出来ました。取得のスピードとしてはほぼ最短、ストレートで取得したと言って良いと思います。センターとしても嬉しいこと、この上ないです。おめでとう!
指定医になるための一番の関門はケースレポートの作成です。必要な要件を満たした症例に主治医としてしっかり関わっているか、精神保健福祉法をしっかりと理解して、法的に定められた手続きに沿って人権に配慮しつつ入院治療を行ったか、医学的にみて診断、治療内容は妥当か。これらのポイントを全て満たしつつ2000字の字数制限の中でレポートを作成しなければいけません。適切な症例を5つ選んでまずレポートを書いてもらい、指導医との間で何度もチェック、修正のやり取りをして仕上げていきます。
作成指導をする際に、当院の連携病院になって頂いている山口県立こころの医療センターの兼行浩史先生が作成された「適切な新規申請のために」の手引きが非常に参考になりました。兼行先生、ありがとうございました!この手引きは講習会にて配布されます。また、当院でも独自にケースレポート作成の要点をまとめた手引きを新たに作成しました。今後取得を目指す後輩の先生方の参考になる内容だと思います。
指定医を取得するために通る一連の申請手順は、自らの医療が法的に見て正しく適切なものなのか、あらためて勉強しなおす絶好の機会ですし、責任ある資格を得るにあたって欠かすことのできないイニシエーションだと思います。ここからが責任ある精神科医師としてのスタートですが、ひとまずはお二人の門出を祝福したいと思います。本当におめでとう!

福間病院 臨床研修センター長
鈴木 宗幸

西園先生追悼


当院でながらくスーパーバイザーとしてご指導頂いた西園先生が先日亡くなられました。93歳の御年で亡くなる前日までお元気で、若手医師や看護師の指導のための講義の資料を準備していらっしゃったそうです。日本に精神分析を導入した古澤平作先生から学び、戦後日本の精神分析・力動精神医学の先駆者として、九州大学、福岡大学で教鞭をとられ、国内外の学会を盛り立てて、日本の精神医学、精神科医療の発展に尽力してこられた巨星のような先生でした。
僕が西園先生に出会ったのは、精神科医を志して右も左もわからずに研修を始めた2005年頃でした。当時はまだ専門医制度は無く、体系だった研修プログラムはあってないようなものでした。現在の専攻医の先生たちのように症例集めや試験に奔走する必要がない代わりに、何を頼りに、何を基準にすれば一人前になれるのか見当もつかず、非常に心細かったのを覚えています。毎週水曜日の夜に若手医師向けに「精神療法講座」という勉強会をしているので、良かったら来なさいと声をかけて頂きました。
精神療法にとってまず基本となる前提は何か?治療者・患者関係とは何か?治療の展開の中で関係性はどう変わっていき、治療者自身は自らの逆転移をどう受け止めたら良いのか?フロイトが、メラニー・クラインが、ウィニコットがそれぞれ見出した人の無意識に関する重要な学説はどのようなものか?・・・。色々なことを習いました。でも、僕が一番先生から教わった大切なことは、若手医師の不安、疑問をいつも変わらない温かい態度で受け止め、コメントを投げ返し、若手自身に考えさせる先生の挙動そのものだったと思います。それはそのまま、診察室で患者さんの悩みを受け止めるための、自らの立ち居振る舞いに活きました。何年間も先生の講座に通って、「精神療法的態度」とは何か、「父性」とは何かを、頭ではなく、身体で教え込ませてもらったと思います。
大学時代にお世話になった第三内科の植村和正先生が言っていました。「研修医時代に心の拠り所になる指導医は、最低限一人いれば良い。どれだけ迷って、困っても、『あの先生に相談しよう』『あの先生だったらどうするだろう?』と考えて、くじけずに進んでいけるから」と。僕にとって西園先生は、まさにそのような存在でした。 先生の10分の1も出来ていないと思いますが、次の世代を担う若手が元気に育っていけるように自分の出来る事を頑張りたいです。西園先生、本当にお世話になりました。先生のおかげで今、自分の足で歩けています。

福間病院 臨床研修センター長
鈴木 宗幸